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三日以上の日記が続いたことのない俺が。

大学4年間を振り返るもの。書き手にも読み手にも見返りはない。

ブラジルに向かう機内で20時間も暇を持て余したので自己分析してみた。

『ブラジルに向かう機内で20時間も暇を持て余したので自己分析してみた。』

 

耳につくほどの送風音と、何語とも分からないような言葉が飛び交う飛行機。その中でもいちばん安い席に座っている僕は、数分後に控えた離陸までの時間をまるで意味のないものかのように過ごしている。

薄暗い機内の中、僕は3列シートの1席を指定されて腰をかけたが、隣には誰も座らない。機内を見渡しても空席が乗客の数倍はある。

この旅でなにが得られるか分からない。ただ、なにかを得てくることは分かっている。

まだ形にはならない、曖昧な期待だけを求めて僕は地球の反対側へ飛び立つ。

 

3ヶ月前、僕はブラジルへ行くためのお金をくださいと言った。

親ではなく、これまでの人生で関わってきた多くの人たちに対して。

その作戦が上手くいき、ブラジルに行くために必要な航空券代や宿泊費をすべて、募金だけで集めることができた。

 

そして今日、遂に旅が始まった。

忙しさからあまり入念な準備も計画もできておらず、不安は大きい。

ビザ申請を直前まで忘れていて、なんとか出発日に間に合わせてもらえるように頼んだ。

ネットで「ブラジル 危険」と検索して記事を読むたびに不安が募っていった。

成田空港が東京でなく千葉にあることも初めて知った。

出発前に安眠用のアイマスクを買って持ち込んだが、機内で支給された。

最後の食事にはきつねうどんを選んだ。

 

今回の旅を実現したクラウドファウンディングの企画は、多くの友人たちがシェアしてくれたことにより閲覧数は1万人を超えた。そして実際に37名の方から資金提供していただき、実現可能な金額が集まった。

「卒業旅行にいくお金をください。」なんと我が儘なお願いだろうか。

どうしても「クラウドファウンディングで卒業旅行に行く」というアイデアを実行してみたかったのだ。それも国内旅行じゃ面白くない。どうせ行くのなら日本からいちばん遠いブラジルに。

この企画に最終日の追い込みで15万円のお金が集まっていくのをオンライン上で見届けてくれた友人や後輩は僕に対して「行動力がある学生」というラベルを付けたかもしれない。

 

だが、僕自身の捉え方では「行動力がないのに、実行したいことがあるから、仕方なく泣きながら挑戦している」そんな感じだ。

そんな感じなのだが、それでも行動することは僕にとってすごく重要で、大学生活を満足度の高いものに変えてくれたのはいつも挑戦したときだった。

 

僕にとっての挑戦は「『好奇心』と『恐怖心』を戦わせながら行動をする」って解釈できるのかなぁと思う。

 

僕の行動は別に行動力によって実行されているわけではなく、「あぁこのままの自分じゃダメだ行動しなきゃ…!」という前向きな恐怖心と「これやってみたらどうなるんだろう…やってみたい…!」という好奇心の2パターン。ただ、実際にはそれが行動に繋がらないことが多かった。

僕は昔から「失敗が怖くて何もできない」という恐怖心が大きく、それはそのままコンプレックスでもあった。

小さい頃から、成功よりも失敗することを恐れて何に対しても全力になれなかった。

小学生の頃から勉強がそこそこ得意で、九九を覚えるのもクラスでいちばん早かったし、中学生になってからもどれだけ授業中に寝ていてもテストで学年順位1桁以外を取ったことはなかった。

ただそこには「真面目にやったなら失敗してはいけない」という悪いプライドが染みついていて、何に取り組むにも恐怖心が上回った。

 

失敗するのが怖いから、できることしかやらなかった。

中学の先生も高校の先生も、最初は僕に期待して生徒会をやらせてみたり、クラス長をやらせたがった。でも僕がぜんぜん頑張らないから、先生たちは僕を頑張らせようとしなくなった。

 

努力したらできるんだろうなと思っていたことも、それで失敗したらと考えると1歩目が踏み出せなかった。

僕は「努力してないのにそこそこできるやつ」という位置を保ち続けた。それはそこそこ格好よかったけど、「努力してるやつ」にはぜんぜん歯が立たなくて、嫉妬心ばかり大きく抱いていた。

「努力できることが才能」とよく言うけど、これは本当にその通りだと思っていて、僕の一番の弱点で。僕は自分の子供ができたらどんなに失敗してもいいから、挑戦して努力できる子になってほしいと思う。

僕はそれが苦手で、失敗によって自分を否定するのが怖かった。

こういうのを「優等生症候群」というらしい。僕は別に特別に頭が良かったわけではないが、家庭環境や学校内での学業、友人関係の相対的な立ち位置などいろんな環境が相まって、「失敗への恐れ」が自分を縛り付けていた。

中学、高校生のときは特に、叶わない理想ばかりが積み重なっていたのを覚えている。

今でも叶わない理想はたくさんあるけど、昔と今で違うのは、理想に向けて行動を起こせるようになったこと。

 

僕は大学生になって、かなりマシになった、たぶん。

大きな変化は2年生の夏かな。

なにかに挑戦し、努力していないと、本当に時間がつまらなくすぎていくことがわかった。

高校生の頃は部活が楽しくて、一生懸命やっていたから楽しかった。

バスケットボール部のおかげで本当に楽しい3年間だった。

でも大学では部活にも入らなかったし、サークルにもあまり行かなかった。かといってアルバイトを一生懸命やったわけでもなく、勉強に打ち込んだわけでもなかった。

大学に入ってから、僕は何もしていなかった。

 

頑張る対象をなくした大学1年生の僕は、それでも毎日を楽しく過ごしていた。ボーリングもカラオケも、県外に旅行もよく行った。仲のいい友人たちと行った5日間の沖縄旅行なんか最高だった。

でもそれは、とても楽しいけど充実していない変な時間だった。「楽しい」と「幸せ」は似ているようで異なるエネルギー。大学2年生になる頃から、何もしていない生活に居心地が悪くなっていった。

 

おい、俺。

残りの3年間をこんなふうにして過ごすのか?大学生活の宝物は見つかりそうか?

4年間もいて、なにを自信持って語れるようになるんだ?

今の過ごし方は最高の過ごし方か?

 

かなり悩んで、よくわかんなくなって、迷走した挙句に南の島国フィジー諸島へ短期留学したりもした。

 

自分が全力で打ち込めるものを見つけられなかった僕は、この大学が悪いんだと言ってケチをつけて、関係のないことまで全部を新大という環境のせいにした。一人の友人にしか言ってなかったけど退学や編入も考えた。面白い友達がいないから、面白い授業がないから、面白い教授がいないから。なんでも周りのせいにしようとしていた。

 

でもある先輩が、海外留学中に雷に打たれたような価値観の変わる経験をし、それをきっかけに大学生活が変わったという話を聞いて、じゃあ僕も外国にいけば何か変わるんじゃないかと期待していた。

 

ただ、僕はこのフィジーで過ごす1ヶ月間をバカンスに費やしてしまった。「ビーチは遊び場でなく、鑑賞物だ」と認識を改めるほどのエメラルドグリーンに透き通った海や、海岸に並ぶヤシの木の美しさ。また初対面なのにノリノリで話しかけてくる陽気な現地人たち。遊ぶのが楽しくなってしまって、バスケをしたりお店の留守番をしたり、まるでこれまでの大学生活みたいな楽しさを満喫してしまった。

 

雷に打たれるような価値観の変わる経験は得られず、1ヶ月で得たものは多少の語学力と異文化体験をしたという満足感、失ったものは100円の床屋でインド人に切らせた髪の毛。

 

おい、なにも変わらないじゃないか。

お金も時間も使ったのに、ちっとも大学生活が良くならないじゃないか。

 

そんな怒りが3日間くらい続いてから、4日目くらいに思った。

環境に甘える自分自身が問題じゃないか。自分が自分をつまらなくしているだけじゃないか。

当初の期待とは違ったけれど、この1ヶ月間を終えてみて、そんなことに気付くことができたのが救いだった。

 

それからは、今までなら断っていたであろう依頼も、思いついたけど実行していなかったアイデアも全部、まずやってみることにした。(この頃から副作用として「頼まれたら断れない病」の発症も始まる。)

所属はしていたものの熱心に活動していなかった文化祭実行委員会で委員長を務めることになったり、新大生が充実した大学生活を送るための総合情報サイトを作ろうとしてみたり、就活で一度落とされた会社の社長に直談判して再度チャンスをもらってまた落とされたり、挙句にはまだ自分が就活生の身にも関わらず後輩たちへの就活支援団体なるものを立ち上げてしまったり。

そしてまた、このクラウドファウンディングで卒業旅行資金を集めるという企画であったり。

 

大学生活のV字回復ができつつある。

「あぁ嫌だなぁ怖いなぁ、でもやってみたいなぁ」というふうに恐怖心と好奇心を戦わせて挑戦するたび、視野が1°広がったり、視座が1cm高くなったりする気がする。そうすると、またやってみたいことが生まれてくる。

今まで頭の中にあった届かない壁が徐々に低く見えてくる。そのうち壁の外側が見えたら、怖いけどたぶん壁の外側に出てみたくなる。もしそこに行く手を阻む「他者の目」とか「失敗の恐怖」という巨人がいれば駆逐するしかない。もしそこに意図的に批判し、潰そうとしてくる奇行種の巨人がいれば、やはり駆逐するしかない。

 

壁の内側にいて保身と失敗を恐れる憲兵団よりも、僕はリヴァイ隊長のような調査兵団員になりたい。そっちのほうがかっこいい。

 

いつも新しいことを始めるときは不安と緊張で胸が詰まるし、人前で話すときは未だに心臓のピッチが3倍速くらいになって歯がカチカチする。

それでも毎回、通り過ぎてみればやってよかったなと思うことばかりである。

 

もしなにかに挑戦してみたいけど踏み出せなかったり、大学生活に物足りなさを感じている人がいたら話を聞いて背中を押すくらいはできると思うし、なにに挑戦したらいいのか分からないとかだったらCANSという僕の後輩がやっている素晴らしい学生団体がメンバーを募集しているので紹介します。

 

大学生活4年間を終えて後輩たちに残せるものは多くないけど、エンカレ含めてあと3ヶ月は後輩たちのために時間を使っていきたいのう。

以上、かなり長くなってしまったし、かなり恥ずかしいところまでさらけ出して書きましたが、僕の行動に付帯する感情はこんな感じです。

そのほか、自己分析の観点でいくと「堅実に何かをやるよりも斬新なアイデアで目立ちたい」という性格はどの時期に、なにをきっかけに醸成されていったのかは深ぼらなければいけないところかなぁと。あとは「どんな理想に向かって行動しているか」「その理想はなぜ抱くようになったか」とかも。自己分析って考えなきゃいけないことが多くて大変だ。

 

就活生はエンカレで面談という方法を通して自己分析の手伝いをしているので、いつでも使ってください。

質問の繰り返しによって掘れるところまで掘り進めましょう。

 

さて、30時間のフライトを終えてそろそろブラジルに到着です。

1週間、全力で楽しんできまーす!